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SNS上の演奏動画の炎上を見て今思う事

こんにちは、ベーシストのどーのです。

さて、最近SNSに演奏動画をアップロードしてみたり、YouTubeに演奏やレッスン動画をアップロードしてみたりして思うことがあるので筆を執ってみたいと思います。

まず前提として、
今の私の考えを恥ずかし気もなく言うと「ベースめっちゃ楽しい。動画伸びたらもっと色んな人と知り合えって面白いこと出来ると思うから、あわよくば動画伸びて欲しい!」です。

ですが、自分のなかのモヤモヤを解消するために以下のように考えています。

音楽=ちょっとややこしいコンテンツ

音楽っていうのは大衆娯楽の側面と、芸術という側面を持っているからこそ非常にややこしいものなんだと私自身は考えています。

芸術の側面からすると、それがどれだけ音楽的かとか、演奏がどれだけ素晴らしい(=上手)かが評価の基準になるのでしょう。

私自身音楽に対して教育機関で専門的な教育を受けたことは無いのでその辺は良く分かりません。

ただ、世の中の反応を見ているとそうなんだろうなーと。

その反対の側面、大衆娯楽の一つだと考えると着目すべきポイントは大きく変わってきます。

音楽=娯楽コンテンツのひとつ

では仮に音楽を芸術として特別視するのではなく、娯楽コンテンツのひとつだと捉えてみましょう。

こう考えると色々な事の価値が変わってきます。

例えば天才キッズによる演奏。しばしばテレビでも取り扱われているのでご覧になられた方も多いのではないでしょうか。CMに起用されているシーンも度々目にしますね。

これは、”子供たちが”上手に楽器を演奏していることに価値があります。

テレビの向こうの大人たちは「こんなに小さい子供なのに上手に楽器を演奏して凄いね!」と驚き面白がるわけです。

ここには芸術の観点なんて無くたって良いわけです。”子供が上手に演奏する”ことが魅力的に映り、大人たちは楽しむことが出来ます。

このため、天才キッズによる演奏は娯楽コンテンツとして非常に魅力的なものです。

しかし、物事を逆に考えると、「人が魅力的に感じることが出来るもの=コンテンツとして優秀」と考えることも出来ます。

魅力には数えられない程の選択肢が存在する

サンプル:ゴールデンボンバー

さて、”ゴールデンボンバー”の事をご存じでしょうか。

私自身もとても良く知っているという訳ではないですが、このゴールデンボンバーが出てきた時、音楽界の風雲児だと思いました。

ご存じの通り彼らは演奏の出来ないバンドマンです。

先日のフェスではステージ上でシャンプーしてました。

彼らはゴールデンボンバーというコンテンツを提供するにあたって、何をすれば人が楽しむことが出来るのかという事を全力で模索しているからこそ、音楽にこだわらずにエンターテイメントをプロデュースすることが出来るのでしょう。

結果的に音楽の枠組みで音楽だけでなく多くの人々を満足させることが出来るコンテンツとして何年も継続してメディアに取り上げられているわけです。

サンプル:SMAP

次に着目してみるのは、SMAP。

知らない人はいないと言っても過言ではない平成のアイドルグループでした。

私自身SMAPのCDがめちゃくちゃに大好きで何度も何度も聞き込みましたし、コピーバンドもしましたが歌唱力はひどいものだと思っています。

彼らも歌・音楽を手段の一つとしていましたが、音楽だけでない様々な分野でコンテンツとしての魅力を提供していました。結果として大衆は彼らに魅了され、SMAPという巨大な産業が成立したわけです。

さて、冷静になると、「どのようにユーザが魅力的に感じるように手を打つか」といった部分は規模の大小だけで同じものだと考えます。

YouTubeやSNSでよく炎上している”売り方”論争

演奏してみた、弾いてみたといったコンテンツが世に出て10年と余り。飽きるほどの炎上を見てきた今感じることを書いてみます。

  • イケメンが演奏している
  • 美女が演奏している
  • 胸が/脚が強調されている
  • 必要以上に暴れている
  • バンドに必要かどうとか

伸びている動画に対するこのあたりのコメント、本当に毎月じゃないかってくらい目にしてます。

いまの持論としては「コンテンツとして魅力的なら良し」です。

SNSでバズっている、YouTubeのチャンネル登録者数が多い。こうした結果から見ると、多くのユーザがそれらの動画を見て反応した⇒コンテンツとして魅力的であると感じたということです。

それが直接音楽に関係ない要素で評価されていたとしても、音楽を通じて誰かを満足させたことには変わりありません。

例えばそれが胸や脚によるものであったとしても、多くの人を楽しませたことに変わりはありません。

自分の作品がそれだけの評価を受けていないという事は、評価されている動画に対して自分の提供しているコンテンツが魅力的でないことに他なりません。

だから、評価されているものに対して異を唱えるのではなく、自分がそれ以上に大衆を満足させることが出来るようになることが大切だ、と今の私はそう考えます。

動画というコンテンツに限らず、レコーディングでもライブでも同じことです。

そうした良いものを作るために一生懸命に頭を使って、一生懸命に演奏技術を磨いていきたい。

自分が完全に満足できるコンテンツを作れるようになったら

そうして自分で提供できるコンテンツを磨いて磨いて、その結果満足できるものが出来たとしたら……

この先の考え方は”誰のためにコンテンツを作るのか”によって目指す先が変わってくるのでしょう。

きっとその時にはまた次のアイデアを絞り出して生きていくことになるでしょう。

その時が来るまでには”グッとくる”自分になれるよう、楽しみつつ魅力を磨いて頑張っていこうと思います。みんなで楽しいこと目指しましょう。

P.S.まずはおなかのお肉を落としたいので飯テロをやめます。